労務
社労士事務所の勤怠集計を自動化する。顧問先ごとにバラバラなデータをどう揃えるか
社会保険労務士(社労士)事務所で勤怠集計が自動化しにくいのは、顧問先ごとに使っているシステムが違い、出てくるデータの形が揃っていないからです。業務そのものが複雑なわけではありません。この記事では、その状態から実際に手を付ける手順を、優先順位の付け方から費用と回収まで順に書きます。読み終わる頃には、どの顧問先から手を付けるべきかが決まるはずです。
バックオフィス自動化エンジニア
30社あれば、勤怠の形は30通りある
顧問先が30社あれば、勤怠の管理方法は30通りあります。クラウドの勤怠システムを入れている会社、タイムカードをExcelに手入力している会社、紙の出勤簿をスキャンして送ってくる会社。同じ「勤怠データ」でも、届く形はまったく違います。
毎月の締めのたびに、事務所の担当者はこれを1社ずつ開いて、給与計算に使える形に整えています。列の順番を並べ替え、日付の書式を直し、深夜や休日の集計をやり直す。1社あたり20分でも、30社なら10時間です。締めが集中する数日間に、この作業が一気に来ます。
厄介なのは、この作業が「難しくない」ことです。誰がやっても同じ結果になる作業なので、経験のある職員がやる意味がありません。それなのに、形式が揃っていないせいで人が張り付いている。自動化の効果が最も出やすい形です。
この記事では「顧問先に同じシステムを使わせる」という解決策は扱いません。実際には移行の手間と費用を顧問先に負担してもらう話になり、まず通らないためです。バラバラのまま揃える方法を書きます。
なぜ自動化しにくいと言われるのか
「勤怠集計の自動化」で調べると、勤怠システムと給与システムを連携させる話が出てきます。しかしそれは1社の中で完結する話で、社労士事務所の状況とは違います。事務所が扱うのは、自分たちが選んだわけではないシステムから出てくるデータです。
自動化を難しくしているのは、次の3つです。
- 顧問先のシステムに触れない — 顧問先のアカウントを預かっていない場合、システムから直接データを取ることができません。送られてくるファイルを受け取るしかない状態になります
- 形式が予告なく変わる — 顧問先がシステムを乗り換えたり、担当者が変わって出力の仕方が変わったりします。一度作った処理が翌月には動かなくなります
- 例外が顧問先の数だけある — 「この会社だけ半休の扱いが違う」「この会社は月末が締め日ではない」。就業規則が違えば集計のルールも違います。これが最も工数に効きます
顧問先を「件数 × 時間」で並べ替えることから
全部を一度に自動化しようとすると失敗します。例外の数だけ処理を書くことになり、費用が膨らんだうえに、翌月には形式が変わって動かなくなります。
順番は、顧問先を「件数 × 1社あたりの時間」で並べ替えることから始めます。30社あっても、実際は上位5社で全体の半分の時間を使っていることがよくあります。まずそこだけを自動化すれば、投資に対する効果がいちばん大きく出ます。
次に、同じシステムを使っている顧問先をまとめます。10社が同じ勤怠システムを使っているなら、その1つに対応するだけで10社ぶん片付きます。バラバラに見えても、数えると3〜4種類に収まることが多いです。
| 優先度 | どういう顧問先か | 理由 |
|---|---|---|
| 最優先 | 同じシステムを使っている社が複数ある | 1つ作れば複数社に効く。1社あたりの費用が最も下がる |
| 次 | 1社あたりの作業時間が突出して長い | 従業員数が多い、例外が多いなど。単独でも投資を回収できる |
| 後回し | その顧問先だけの特殊な形式 | 作っても1社にしか効かない。手作業のまま残すほうが安いこともある |
| 対象外 | 紙で届く、毎月形式が変わる | 自動化より、顧問先に出力方法を変えてもらう交渉のほうが早い |
APIがあるかで作り方が変わる
顧問先のシステムから何が取れるかで、作り方が変わります。上から順に、安定していて保守が楽な方法です。
1つ目はAPIで直接取る方法です。顧問先の許可を得てアカウントを発行してもらえれば、システムから直接データを取れます。画面が変わっても動き続けるので、いちばん壊れにくい形です。ただしAPIが使えるかはシステムと契約プランによって違います。
2つ目は、送られてくるファイルを整える方法です。CSVやExcelが決まった場所に届くなら、それを読み取って形式を揃えます。APIより壊れやすいものの、顧問先のシステムに触らずに済むため、許可を取る手間がありません。実際にはこの形が最も多くなります。
3つ目は、画面操作を自動化する方法です。APIが無く、ファイルの自動出力もできない場合に、人が画面を操作する手順をそのまま自動化します。画面のデザインが変わると止まるため、保守の手間が最もかかります。他に手段がないときの選択肢です。
どの方法でも、最後に人が確認する工程は残します。全自動にすると、間違った数字がそのまま給与計算に流れます。異常な値だけを画面に出して、人がそこだけ見る形にするのが安全です。
APIが使えるかは、システムより契約プランで決まる
同じ「APIあり」でも、無料で使えるものから、上位プランの契約や申請が要るものまで幅があります。2026年8月時点で確認した範囲では、次のとおりです。
- SmartHR — 公開APIがあり、アクセストークンで利用できます
- ジョブカン勤怠管理 — APIは有料プラン限定で、利用にあたって申請が必要です
- マネーフォワード クラウド給与 — APIは一般には公開されておらず、連携サービス向けに限定されています
- 楽楽精算 — API連携は有償オプションの契約が前提です
使えると思って設計を進めると、あとで手戻りになります。顧問先の契約プランでAPIが使えるかは、最初に確認すべき点です。上記は2026年8月時点の確認結果で、各社の提供状況は変わります。
顧問先の許可と、引き渡し後の直し方
作る側から見ると、つまずくのは技術より契約と引き渡しです。次の2点は、発注の前に決めておいてください。
- 顧問先の許可を取らずに進める — 顧問先のシステムからデータを取る場合、アカウントの発行やAPIの利用について事前に合意が要ります。契約上どこまで許されるかは、顧問契約の内容によります
- 作った人しか直せない状態にする — 形式は必ず変わります。変わったときに自分たちで直せないと、そのたびに外注することになります。どこを直せば対応できるかを、引き渡し時に必ず確認してください
費用と、回収の考え方
顧問先ごとのデータ収集をまとめて自動化する場合、当方の目安は80万円から250万円です。幅があるのは、対応するシステムの数と例外の数で工数が変わるためです。
ただ、最初からこの金額を出す必要はありません。先に書いた順番のとおり、時間を使っている上位数社が同じシステムを使っているなら、その1形式に対応するだけで済みます。この規模なら30万円台から始められます。
回収は時間で計算します。上位5社の集計に、締めのたびに5時間かかっているとします。年12回で60時間、職員の人件費を時給3,000円とすると年間18万円です。30万円台の投資なら2年以内に戻り、そこで効果を確かめてから、次の形式に広げるかを決められます。全社ぶんを一度に発注した場合と比べて、最初に出ていく金額が5分の1以下で済みます。
金額だけで判断すると、もう1つの効果を見落とします。締めの数日間に作業が集中し、他の業務が止まっている点です。相談対応や新規の顧問先の受け入れができない期間が毎月あるなら、失っているのは人件費だけではありません。顧問先を増やしても事務所が回るかどうかが、この作業に縛られています。
判断の目安として、顧問先を今の1.5倍にしたときに締めが回るかを考えてみてください。回らないなら、人を増やすか、この作業を減らすかの二択です。人件費と比べれば、どちらが安いかは計算できます。
顧問先が増えても手間が増えない形にする
最後に、作るときに必ず入れておきたい設計を書きます。顧問先が増えたときに、開発をやり直さずに済む形にすることです。
具体的には、顧問先ごとの違いをプログラムの中に書かないことです。「A社は3列目が出勤時刻」「B社は5列目」という対応を設定ファイルや管理画面に持たせておけば、新しい顧問先が増えたときに、その設定を1行足すだけで済みます。プログラムを直す必要がなくなり、事務所の職員が自分で追加できます。
これを最初にやっておくかどうかで、2年後の状態が大きく変わります。顧問先ごとに処理を書いた場合、30社ぶんの処理を抱えることになり、どれがどこで使われているか分からなくなります。設定で切り分けておけば、増えるのは設定の行数だけです。
発注する側としては、見積りを取るときに「顧問先が増えたときに何をすれば対応できますか」と聞いてください。「都度お見積りします」と返ってくる場合、増えるたびに費用が発生する作りになっている可能性があります。
